【不育症記録05】1年で3回目の妊娠、流産

結婚をして、
最初に迎えた春と、夏の終わりに妊娠をし、
いずれも流産をしてしまった私。

最初の妊娠 【不育症記録01】最初の妊娠と思いもしなかった流産(前編) 二度目の妊娠 【不育症記録03】2度目の妊娠と、再びの流産(前編)

しばらくお休みしておけば良かったのかもしれませんが、
焦りもあって生理を2回見送った後、
みたび妊活を始めます。

「きっと直ぐには妊娠しないだろうから」

と思った矢先、
年が明けて間もなくした頃、3度目の妊娠が発覚したのでした。

仕事と妊娠

妊娠が発覚した時、私が真っ先に思ってしまったことは
「しまった、予定より1ヶ月早かった」
ということでした。

どの業界もそうかもしれませんが、
私たちの会社は年度の後半になると業務量が一段と増し
年を越えると追い立てられるように仕事をするようになります。

特に、この時は1月の中旬にイベントをひとつ
イベントの後には東京での3日間の研修を控え
月末には説明会行脚がありました。

ずっと不安を抱えながらも、
誰に相談することもできず、
イベント直前には夜中の日付を超えて帰宅する日々。
人にお願いをすることが苦手な私は
資料も全て自分でつくり、
重たい荷物を運ぶ作業までやってしまいました。

「仕事と妊娠」

本来、比べられるものではありません。
比べるべくもなく、妊娠を継続させることが何より大事なのです。

 

私は、仕事に対する自我が普通の人より少しばかり強いのだと思う。

企画するからには、必ず良いものとして成功させたい。
取り組むからにはいい結果を残したい。
特に、この部署にいた時はその思いが一段と強かった。

でも。

私がいなくても、
多少のほころびがあったとしても
イベントは終えることができたでしょう。

私が研修に行かなくても、
多少の支障はきたすかもしれませんが、その後の業務は続くでしょう。
皮肉なことに、この3ヶ月後には別部署へと異動になるのですから。

もし、当時に私に声を掛けられるなら、こう言いたい。

「何もかも放り投げて、とにかく寝ておけ」

と。

不十分な知識

私が無理に仕事をしてしまったのは、
妊娠に対する認識や知識が不十分だったというのもあります。

それまでに2回も流産しているのに、
その度にいろいろとネットを検索しているのに

「妊娠初期は、体調が胎児に与える影響は少なく
過度な仕事が流産に繋がることはない」

と思っていました。
確かに、初期流産の理由のほとんどが
染色体の異常であることは、よく知られていることです。

でも、私は2回流産を経験した時点で
不育症」であることを自覚しておくべきでした。

普通の人よりも、流産しやすい体質であること。
妊娠中は全てのことに対し慎重にならなければならないこと。

私にはその自覚が欠如していたのだと思います。

3度目の流産

妊娠が発覚して、病院へ行くまでに3週間おきました。

これまでと同じように5週目で受診して
「心拍が聞こえない」と
悶々とした日を過ごすのが嫌だったためです。

ハードだったイベントを終え
寒い東京での研修もこなし
長距離運転しながらの説明会行脚の後、
1月末に病院へ行きました。

そして、3度目の流産が決定したのでした。

この時の妊娠・流産は、
振り返ってみても、私も私の夫も少し身勝手だったなと思います。

私は私で仕事を優先させてしまったし、
流産が確定した日、側にいてほしかった夫は
自分の用事を優先してしまいました。
それがきっかけで、結婚して初めて、大喧嘩をした記憶があります。

お互いがお互いとも、妊娠に向き合っていなかった
今となってはとても残念な経験です。
もしかすると2度の流産が、
妊娠に向き合うことを恐れさせていたのかもしれない、とも思います。
身体は回復していても、
心の傷が回復していなかったのかもしれない。
妊娠に向き合うことが怖かったのです。

流れてしまったけど、
それでも私たち夫婦の元にきてくれた小さな命。
その生命に向き合えたなかったことに、
今でも本当に申し訳なく思っています。

流産の手術と先生への相談

3度目の流産の時も、手術を選択しました。

一度経験したとはいえ、
その不安や恐れは拭えないものでした。

ただ、手術台に横たわり
麻酔を吸う直前に、看護師さんが声を掛けてくれたことを
よく覚えています。

「今回は残念でしたね。
でも、きっと次がありますから。
きっとまた来てくれますから。」

と、そうおっしゃってくれて、
強張っていた私はやっと、力を抜くことができたのです。
力が抜けると涙が出てきて、
泣きながら意識が遠いていきました。

 

手術をした翌日から、出勤していました。
少なくとも、傍目には何事もなかったように
生活をしていたと思います。
一番信頼をおいている、女性の先輩にだけ
流産と手術をしたことを伝えました。

なぜ、いつも終わってから報告してしまったのだろう。
なぜ、妊娠が判明した時点で相談できなかったのだろう。
今でも思います。
私自身の性格もありますし、
当時の職場の状況もあったかもしれません。
いずれにしても、今となっては後の祭です。

1週間後、夫と二人で経過観察ため、
病院を受診しました。

その時に、初めて先生に自分の身体の状況について相談をしたのです。
夫はそのために「質問リスト」も準備してくれていました。

① 3回連続して流産となると、何らかの原因が考えられるのか

② その場合、どういった原因があるのか

③ 治療の手立てはあるのか

④ 治療を行ったほうがいいか。
もし、先生の家族が同じ状況であった場合、先生は何を勧めるか

⑤ 治療を行うとすれば、どの病院を勧めるか

その時、対応してくださった先生は女医さんで、
時間をかけて、しっかりと相手の目を見てお話される方でした。

先生は、私達の質問に対し、
一つひとつ丁寧に答えてくださいました。

① 1回では偶然に起きてしまった仕方のない出来事だと伝えます。
2回目からは「もしも」を疑い検査を受けることもできると提案します。
3回目以上は、習慣性流産(不育症)であることを先ず疑い、
妊娠・出産を望むのであれば検査を受けることを強くお勧めします。

② 不育症の原因にはいくつかあり、染色体異常の他、
子宮の形であったり、血液や免疫異常などがあげられます。
ただし、いくつかの要因が重なることもあるし、
逆に原因がわからないこともよくあります。

③ 不育症は未だ十分に研究されていない分野ですが、
県内において不育治療を行っている医療機関もあります。

④ 正直、年齢的にはギリギリのところかもしれません。
もし、あと1,2歳、年をとっていたら強くは勧めないかもしれません。
でもあなたの場合は今からでも間に合うギリギリの年齢なので
出産を望むのなら、ぜひ治療を受けながら妊娠をされることを勧めます。

⑤ 当院でも不妊・不育治療は行っていますが、不育症であれば
別の病院を勧めます。
紹介状を書きますので、そちらで検査からしれもらった方が
より詳細な項目をみることができると思います。

これが先生の答えてくださった内容でした。

夫は失礼を承知であえて「あなたの家族がそうだったのなら」
と付け加えて質問しました。
そして、先生もそのつもりで答えていただいたように思います。

ありがたいな、と心から感謝しました。

流れ作業のように、患者と向き合うことなく
話をされる医師もいます。
その方が、時間は短くてすみますし、神経もすり減らさないのでしょう。

医療というのは(妊娠も含め)
「普通じゃない状態」の時にお世話になるものです。
なので精神状態も普通ではありません。
いちいち向き合っていられない、という考えも理解できます。

実際、3回目の流産が確定した時も、
十分な説明なく、そのまま心理士さんのカウンセリグに繋がれました。
もちろん、心理士さんのカウンセリングで
幾分落ち着きは取り戻せましたが、
私が聞きたかった質問は心理士さんには回答できないものでした。

治療をするだけでなく、
今回ように患者と向き合って話をしていただけることが、
本人にとってどれだけ救いになるのか。
医師という職業の尊さを知ったような気がしました。

不育治療の開始

そうやって、ほぼ1年かけて3回の妊娠・流産を経験した私。
ここにきて、やっと「不育症の治療」を受ける決心をしたのでした。

紹介状を書いていただいた時、先生から
「あの病院は、平均3ヶ月待ちだと思うけど・・」
と言われ、
実際に知人・友人からもそのように聞いていましたが、
幸運なことにたまたま空きがあって直ぐに検査を受けることができました。

その後の治療の話はまた次に・・・