【不育症記録02】最初の妊娠と思いもしなかった流産(後編)

最初の妊娠

この記事は「最初の妊娠と思いもしなかった流産(前編)」の続きです。

最初の妊娠【不育症記録01】最初の妊娠と思いもしなかった流産(前編)

受診までの1週間

2回目の受診で思いもしなかった言葉を聞き、真っ白になって自宅に戻った私。

それからの1週間は長く苦しいものでした。

妊娠したての頃は、ネット上の妊娠にまつわる色々な記事を読んで
ウキウキしていましたが、
いざ「流産」の可能性を示唆されると、そういう記事ばっかり出てきます。

出てくるというよりは、自分で検索しているのでしょうが、
世の中にはこんなにも流産に関する情報が溢れているのか、
それほどよくあることなのだと改めて認識しました。

ネットを見ると

不正出血
基礎体温の低下
つわりがなくなる

等が流産の兆候だと書かれていたため、
トイレに行くたびに拝むような気持ちで確認し、
1日に何度も体温をチェックしました。

日頃、私はどちらかというと楽観主義者なのですが
今回の場合は、実際に少量の出血があったり、体温の低下があったりしたため
日を追うごとに、心がネガティブな感情で覆い尽くされていくのでした。

3回目の受診

その日は仕事を午後から休み、クリニックへ向かいました。

歩いて向かったのですが、頭の中は

「よかったですね、大丈夫でしたよ」という言葉と

「今回は残念でしたね」という言葉ががグルグルと回ります。

私は一体どっちなんだろう…祈るような、願掛けをするような気持ちで
一歩一歩あるいて向かいました。

病院に着き、長く感じた待ち時間を経て診察へ。

今回はちゃんと目を見て話をしてくださる先生でした。
「よかった」

だけど、診察の結果出た言葉は後者の方。
稽留流産でした。

先生は丁寧に、
流産というものがかなりの可能性で起こり得るものであること
特に妊娠初期の流産はその殆どが染色体の異常によるもので、
防ぎようのないものであること

について説明してくださいました。

そして、今は胎嚢は子宮に留まっているのだけど
自然に流れるのを待つか
手術をして出してあげるか
検討して欲しいとお話されました。

私は「手術」という言葉が少し怖くて、
そして無理やり外に出してしまうことが申し訳なくて
この時は自然流産(待機療法)を選択しました。

 

自然流産

診断を受けたその日から3日間、ショックで寝込んでしまいました。

何もする気が起きず、ただひたすらうつらうつらする日々。

3日目になり、少量の出血を確認した時に、
夫と母親、妹にその報告をし、やっと気持ちの整理を付けたのでした。

ただ、私はその出血が流産なのだと思っていたのですが
実際に流産したのはそれから1週間以上も後のこと。
外出先で突然、生理3日目のような出血が始まりました。
そして、その出血の量は増える一方。

夫が私を気遣って旅行に連れ出した時のことで
自宅に戻ることもできず貧血のような状態になりながらフラフラ歩きました。

ほとんど手を付けられなかった夫と夫の友人との食事を終え、
電車に乗っている時

「ん??」

と、自分でもわかるくらいの塊がスルッと出てきました。
電車を降りてレストルームへ行き、ナプキンを見てみると
握りこぶしより少し小さいくらいの血の塊がそこにありました。
「今まで私のお腹の中にいてくれてたんだ」
と、その時初めて認識するとともに、
出てきたこの嚢(ふくろ)をどうすることもできず
結局泣きながらトイレに流したのです。

自分がとても酷いことをしているような、そんな罪悪感を覚えました。
その日は眠れず、悶々としながら夜を過ごしました。
「なぜこんな形で終わってしまったのだろう」
「私の何がいけなかったのだろう」
やっぱりどうしても、自分を責める言葉ばかりが浮かんできます。

1回目の私の妊娠は、そうやって幕を閉じたのでした。

 

次回、2回目の妊娠へ続く。

二度目の妊娠【不育症記録03】2度目の妊娠と、再びの流産(前編)